2001年11月29日
米司法省と反トラスト(独占禁止)法をめぐって対立しているMicrosoftだが、このほど関連する数々の訴訟における和解案を提示したらしい。なんでも、全米でもっとも貧しいとされる14,000校に100万台のコンピュータ、ソフトウェア、トレーニング、テクニカルサポートを提供するのだそうだ。さらに、教師にコンピュータの使用法を教えるために9,000万ドル、アフターサービスのために1億6,000万ドルを提供するという。へえ〜、そんなに奮発するのかい、殊勝なココロガケだねえ〜、なんて一瞬思えるが良く考えるとコレ、ペナルティを受け入れたようなフリして実は教育市場でのMicrosoft製ソフトウェアのシェア拡大を狙う「一石二鳥大作戦」なのでは?さっすがゲームの達人、ビル・ゲイツらしいや(笑)。
2001年11月28日
ノーベル賞受賞の科学者、野依良治氏が、小泉首相との対談で、政府が「50年でノーベル賞50人」という目標を掲げていることに対して「賞というのは一生懸命やった結果を認めてもらうもので、取りに行くものではない。ノーベル賞を国が目指すなど、はしたない。」と痛烈批判。まったくもってその通り!いいぞ、野依教授!!
2001年11月27日
ビートルズのアニメーション映画「イエローサブマリン」。サイケデリック・アートの旗手ピーター・マックスが手がけた事でも有名なこの映画を、軽業師やピエロなどがふんだんに登場するミュージカル舞台劇としてリメイクする計画が進んでいるらしい。なんでも元ビートルズメンバーの代理人と、あの「シルク・ドゥ・ソレイユ」が交渉中なのだとか。コレ、実現したらスゴい事っすわ!絶対観たいっす!!
2001年11月26日
仕事の帰りに梅田で映画「オー・ブラザー!」を観る。全編、南部の香りプンプンのカントリー&ブルース満載の、映像がとにかく綺麗で、内容は相当にヘンな映画だった。物語は、呑気な脱獄囚3バカトリオのすっとぼけたロードムービーで、大ボケも満載で一応ハッピーエンドなんだけど、そこはあの「バートン・フィンク」のコーエン兄弟の作品。実はめっちゃドライでシニカルで救いの無いストーリーだったりもして。あとブルースファンなら思わずニヤリとする「クロスロード」のエピソードがあったり、ノリノリのライブのシーンもあってめっちゃ面白い作品でした。とくに当代きっての二枚目俳優ジョージ・クルーニーが、口ばっかりのだらしないキザ男をすごくハマって演技しててサイコー(新境地)。
2001年11月24日
流行中のウイルスメールが続々届いた。それも「JS.Exception.Exploit」「W32.Aliz:Worm」「TROJ_ALIZA 」と3種類も!まあウチのネット接続環境はMacがメインなので、これらのウイルスではまったく実害は無いものの、やっぱり気味悪いっす(薄寒)。みなさんもご注意あれ。
「ハリー・ポッター」の作者J・Kローリングさんが、世間のハリポタ人気過熱の大騒ぎを避けるようにスコットランド山中の館に引越したらしい。ローリングさんは内気な事でも有名なのだそうだ。この館のそばには草原やサケなども釣れるような川があるんだと。イイ感じやね〜(羨)。
2001年11月19日
母がケータイを持つ事になった。ついでに妹もPHSから携帯電話に鞍替えしたいと言うので、この機会に2人まとめて俺の使っているJ-PHONEの子回線(家族割り引き)に加入する事に決定、さっそく家族3人で最寄りのJ-PHONEショップへ行った。こぎれいな店内には最新機種のケータイと藤原紀香が所狭しとディスプレイされていて、俺の2倍くらいの長さのカラフルな爪をした茶髪の 馴れ馴れ とても親しみやすいお姉さんが2人、にこやかに接客している。携帯電話を購入してから5年間というもの、こうした店に足を踏み入れた事がなかった浦島太郎状態の俺にとっては、見るもの全てがモノ珍しいのだった(笑)。
2人とも端末は必要最低限の機能があればいい、という事なので、シンプルフォン「J-DN31(デンソー)」をお揃いで購入。一応カラー液晶でスカイメールも送受信でき、握ると誤動作防止モードを一時解除できるタッチセンサーもついている。これが実質0円販売のローエンド機種なんだから携帯電話の進歩はスゴい。俺の「DP-184(サンヨー:関西デジタルホン)」なんて写メールやJAVAやWebはおろか、そもそもメールや着メロの機能すら付いてないし、日本語の入力はカタカナのみ。(←完全に取り残されている)オカンと妹が手続きを済ませる間、いろいろ見て触っているうちに新しいケータイが欲しくなってきたりして。なんでも最新機種は自作JAVAが動くようになるらしくて、これはちょっと魅力的なのだ。う〜ん、試してみたいカモ〜。
・・・とはいえ今の「DP-184」に別段不便や不満は無く、どこも壊れたり調子悪い部分も無いので、地球に優しい俺としてはきっと当分現状維持。
昨日行われた東京国際女子マラソンで、エチオピアのツル選手が見事優勝を果たしたのだが、それを報じる新聞記事の見出しに「最後の坂 ツルひと越え」てのがあった。うまいこと言うてます。笑点なら座布団1枚モノ(笑)。
2001年11月18日
「キグレNewサーカス」和歌山公演「ウェンディとピエロのふしぎな旅」を観覧。日本のサーカスではいち早くミュージカル要素を取り入れた「キグレ」を見たい見たいと思い続けて幾年月。ようやく俺にもそのチャンスが訪れた(嬉)。
オープニングは、大天幕に投影された満天の星空からブランコに乗って物語の主人公である少女ウェンディが登場。アニメの魔法少女さながらにバトンワークも鮮やかな彼女の案内で、不思議な世界で繰り広げられる悪者とピエロたちの戦いの物語がサーカス芸によって表現されていく。ウェンディちゃんの「古き良きアイドルチックなフリフリ衣装」&「愛くるしい歌と演技」&「ほのかにセクシーなアクロバット」に、小さい女の子と大きい男の子(笑)を中心にお客さんも大喜びだ。
さて、そうしたミュージカル部分をはさみながら次々に演じられる見事な技の数々は、さすが老舗の貫禄。大天幕の中空で無重力のように自在に身体を躍らせる一本綱の妙技、スリリングな回転梯子の荒技、華麗なレビュー、アクロバット、自転車曲乗り、綱渡り、そして巨大鉄球の中を轟音を響かせながら3台のオートバイが同時に縦横無尽に駆け巡る・・・。
十八番の「肩芸・羽根出し」は、土台となる男性演者が、肩の上に長さ5メートルはあろうかという太い竹竿を手を使わずにバランスだけで立て、さらにその先端に竹竿と直角に梯子を組み付けて、その梯子の上で女性演者がさまざまな離れ業を決めてみせるという見事な伝統芸だ。
ボリショイ・サーカスからのゲスト、熊の芸にもビックリ。向かい合って立った2人の人間の肩に渡した木の棒の上でバランスを取って後足で立ち上がり、さらにトランポリンのように棒をしならせてジャンプし、そこに投げ与えられる輪っかを次々と首にくぐらせて受けるなど、考えられないようなウルトラCを、熊たちは愛嬌たっぷり次々と事も無げにやってのける。
その他にも、動物たちと一緒に記念撮影できるコーナーがあったり、舞台に上がってトランポリンに参加した子にはカッコいいグッズのプレゼントがあったりと、チビっ子(←死語)たちへのサービスも万全。そして舞台に上がった子が貰ったプレゼントを見て羨ましくなっちゃった子供たちのおねだりで、休憩時間にはまたグッズが飛ぶように売れまくるのだった・・・。
やがて訪れる全員総出のきらびやかなフィナーレでは物語が大団円を迎え、悪者たちとピエロたちがめでたく仲直り。ウェンディは笑顔をふりまいて歌い踊り、それまで物語にまったくからんでないピーターパンまでいつの間にかムリヤリ現れて(笑)大一丁ブランコを駆って空をビュンビュン飛び回る。観客もノリノリの手拍子でこのテンションに応えて最高の盛り上がりとなった。
俺も充分この「キグレ」の世界を満喫できて満足満足。ただ欲をいえば、こういうミュージカル仕立ての演目を立てるなら、主題歌だけでなく全ての音楽をオリジナルで統一して欲しかった。BGMとして流される出来合いの曲の流用が、作品世界への没入を妨げる場面がチラホラ・・・。とはいえよくまとまった好感の持てる演目でとても楽しいサーカスのひとときでした。「Circus has it "ALL" 」!
2001年11月17日
「PRIDE 17」テレビ観戦。この日の目玉カードは「桜庭和志 vs ヴァンダレイ・シウバ」。前回の対戦でシウバ選手の怒涛の打撃にあえなく敗れた桜庭選手の雪辱戦だ。注目される桜庭の入場シーン、今回の扮装はグレート・ムタ風。口から毒霧を噴射するパフォーマンスまで真似して見せた。
試合開始すぐに、シウバのローキックにタックルを上手く合わせてテイクダウンを取る桜庭。感情的になりしくじった前回とは違って冷静な試合運びだ。だがシウバの守りも堅く、スタンドに戻される。ロープ際での差し合いの間にもシウバは膝、パンチを繰り出しプレッシャーをかける。それをかいくぐって桜庭がタックル。1度は切られたが、やがてグラウンドに持ち込むことに成功。シウバは下になりながらもキックを出して牽制する。かわした桜庭がハーフパスガード!だがシウバはこれもふりほどき、再びスタンドの展開に戻す。ここで桜庭がシウバの首を捕らえフロントチョークの体制に。大チャンス!・・・が、次の瞬間、シウバが首を極められたまま桜庭の身体を引っこ抜くように持ち上げ、スープレックス気味にマットに叩き付けた!強烈な角度でまっ逆さまに叩き付けられ受け身を取りきれなかった桜庭だが、そこからのシウバの猛攻をかろうじて耐えきって1Rが終了。名勝負を予感させる物凄い試合展開に、場内は俄然盛り上がる。しかし、2R開始のゴングを待つ観客に告げられたのは、桜庭選手のドクターストップによるシウバ選手のTKO勝ち。桜庭選手は、シウバ選手の投げで左肩を脱臼していたのだ。悔し涙をこらえてインタビューに応える桜庭選手の姿が痛々しい・・・。ヴァンダレイ・シウバの底力が爆発した試合だった。
「アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ vs ヒース・ヒーリング」の1戦、これも素晴らしかった。パンチ、パワーで勝ると思われたヒーリング選手を、打撃でも寝技でも終始圧倒し続けたノゲイラ選手の強さはまさにブラジリアン柔術地獄。正確で鋭いパンチで機先を制し、相手をテイクダウンすると柔軟で長い手足を駆使して次から次へスイスイと関節技、締め技を繰り出していく。圧巻だったのは2R、バックからの足での胴締めだけでヒーリングを青息吐息の状態にまで追い込んだシーン。気を失わんばかりのその苦悶の表情に戦慄を覚えた。試合は3Rを闘い終えて判定へ。もちろん勝者はノゲイラ。しかし考えてみれば、並みの選手ならいったい何度ギブアップを取られたか分からないほど攻められまくったにも関わらず、最後までノゲイラ選手の猛攻をディフェンスし続けたヒーリング選手の防御技術も凄かった。
もう1つの注目カード「ミルコ・クロコップ vs 高田延彦」戦は、大方の予想通り、高田選手が守りに徹するスタイルを貫き、ミルコ選手が攻めあぐねる、という構図となった。3R+延長2Rを費やしても試合には大きな動きが見られず、結局判定ドローとなった。観客はブーイングを送ったが、俺的には高田選手は現在のコンディションとしてよくやったのではないかと思う。なんのかんの言って5Rの間あのミルコに倒されなかった訳だし・・・。奥さんのためにもいっぱいファイトマネー稼がなくちゃね。
2001年11月16日
「Windows XP」が発売された。口の悪い向きからは早くも「ウィンドウズ・ペケポン」なんて読まれてしまってるみたいだけど、雑誌やネットでの記事で見る限りこの新OS、俺もあんまり好きになれそうにない。NTベースの安定性やテンコ盛りの新機能はそれなりに魅力的ではあるんだけど、違法コピーを防ぐうえで有効な方法として採用された「アクティベーション」ってのが、なんだかすごく面倒でやっかいなものに思えるし、あの「LUNA」インターフェイスのデフォルトのデザインもヤダ。とくにあの色使いカッコ悪すぎ。まあそのへんはサクッとカスタマイズしてしまえばイイっちゃイイわけだけど。う〜ん、当分は今使ってる「Windows 98」のままでいく事に決定かな?
タカラからは「マタニティーリカちゃん」が発売された。付属品はおもちゃの「ガラガラ」と母子手帳(笑)。同封のハガキを返送すると、赤ちゃんと、ふくらんだお腹を元に戻すカギが送られて来るらしい。しかし、あの幼かったリカちゃんもいつの間にかこんなにオトナになっちゃって、もうすっかり「リカさん」なのね・・・(遠い目)。
2001年11月12日
テレビの情報番組で「カフェ・ロドニー」が紹介されていた。俺も大好きなイラストレーター、ロドニー・アラン・グリーンブラットさんが自らデザイン・製作(店内のペイントのために1ヶ月も滞在したらしい)したカフェで、すでに去年の5月にオープンしてたそう。こんなステキなお店が出来てたなんて、うう、知らんかった・・・。今度東京に行ったら絶対ここで茶ァしばくでぇ〜(柄悪)!
・・・というワケで、ロドニー関連の情報はこちら→「Rodneyfun.com !」。
2001年11月9日
京大医学部などの研究グループが、失明治療を可能にする「視細胞の再生」に成功。ネズミを使った実験で、黒目の部分にある「虹彩」の細胞から、光を感じるセンサーの役割を果たす「視細胞」を作り出す事に成功したんだそうな。俺ももともと目が良くなく、このところ近い将来の視力にもちょっと不安がある(飛蚊症出まくり)ので、こういうニュースは嬉しい限り。
2001年11月9日
野球ワールドカップ「日本 vs キューバ」。加藤(ロッテ)投手の好投、高橋由(巨人)選手のタイムリー二塁打などで5-3で日本が勝ち、キューバのW杯連勝記録を「46」でストップさせた。快挙!
2001年11月8日
漫画家の横山隆一氏が死去。架空の人物として唯一正式に早稲田大学を卒業した「フクちゃん」の生みの親として有名な横山センセイ。ご冥福をお祈りします、合掌・・・。
ところで子供の頃ウチには、親父の道楽で無理して買った8mm映写機と、それで見られる映画のフィルム(ほとんどが戦争映画)が数本あった。その中に1本だけ子供向けの物があって、それが横山隆一さん作の動物を主人公にした楽しいアニメーション映画だった。親父は戦争映画を見た後ならという条件つきで、よくこのアニメを見せてくれたので、幼いヨシローはこの10分程度の短編映画(無声)が見たい一心で、よく分からない大人向けの戦争映画に小1時間ほど我慢して付き合い、ゼロ戦のドッグファイトにワーイワーイと喜んでみせるのだった(悲笑)。でも面白かったなあ、あの映画・・・。
2001年11月7日
サッカー、チャレンジカップ2001「日本 vs イタリア」。前半10分、稲本選手の絶妙のクロスに柳沢選手が走り込んでボレーシュートを鮮やかに決めた。試合は、後半コーナーキックからイタリアに1点を返され1-1の引き分けに終わったものの、強豪相手に互角に渡り合ったニッポン。見事でした。
2001年11月6日
米大リーグのワールドシリーズ。ヤンキースのワールドシリーズ4連覇を3-2のサヨナラ勝ちで阻んだダイアモンドバックスが今年の覇者に決定した。まだ創設4年目のチームの快挙。日本もアメリカも無敵チームを作るのはやはりまず「金力」による選手補充からって事なのか・・・。それにしてもランディ・ジョンソン凄すぎ!
2001年11月3日
おろしたての靴で歩き過ぎてひどいクツズレが出来てしまった。靴下血まみれでショック(痛)。
米軍のアフガン攻撃に心を痛めた米国の高校2年の少女が、校内で反戦クラブを組織しようとして停学処分を受けたらしい。
校長は「この難局下に反政府主義を標榜するのは真珠湾攻撃の直後の米国で日の丸を振りかざすようなものだ」と3日間の停学処分にし、教育委員会もこの処分を支持。彼女が処分取り消しを求めて提訴した先の裁判官も「この時期の反政府活動は教育現場を混乱させる」として停学を支持した。原告として出廷した裁判で彼女は「米国がアフガンの人々に対して今やっている事はテロリストが米国民に対してしたことと同じ。どちらも間違い。戦争中止のメッセージを学校の仲間に伝えたかった」と訴えたが、言い渡された判決は「学校教育を混乱させる」との理由で、反戦Tシャツを着用する事、クラブを組織する事の両方を禁じたのだそうだ。
しかしそれにしても、テロ犯やゲリラを支持する内容のクラブならともかく、若者が青いまっすぐな気持ちで「反戦」を標榜することそれ自体が「反政府活動」と見なされるとは・・・(呆)。
2001年11月2日
松本零二さんが紫綬褒章を受章。クンショー、嬉しかったんだろうな〜(祝)。横尾忠則さんも受章。この人の場合もこういうの、やっぱり嬉しかったりするんだろうか〜・・・(謎)。
2001年10月28日
ここ3日間、左目のまぶたがずーっと小さくピクピク痙攣して止まらない。気持ち悪い〜。なんで?もしや顔面神経マヒの前兆とか・・・(困)!?
さてウチのサボ「ルリ兜錦」2つの芽のうちの片方の頭の上に小さなポッチがかすかに出てきているのを発見。これってもしかして「初トゲ」なのかも!?
ところで、昨日の「美人OL湯けむり旅情・『チケット○あ』サーカスチケット謎の指定日事件(2時間サスペンスふう)」の件の回答メールが届いたぞ。それによると「ヨシロー様にご購入いただきましたキグレNewサーカス和歌山公演のチケットは、公演期間中に1回ご利用いただけるチケットです。メールでは、システム登録上の仮の日付が表示されてしまっており、不明瞭なご案内となりましたことを深くお詫び申し上げます。」なんだそうである。なーんだ、じゃあ問題ないじゃーん、とひと安心。でもねえ、そんな事だったらチケットの購入申込のページに「購入確認メールには仮の日付けが記載される事があります」とかなんとか但し書きがあるべきでは?と思うのはたぶん俺だけではアルマーニ。
2001年10月27日
「キグレNewサーカス」が和歌山で公演する。サーカス大好きっ子なこのアタシとしたことが、日本を代表するサーカスの1つ「キグレ」のテントを、じつはまだくぐった事がないのだった。「キグレ」は近畿での公演が少ないので、この和歌山公演は絶対見逃せないのだ。フゥ〜ンッ(←鼻息)。
というワケで、さっそくチケットを購入予約するべえと「チケット○あ」のWebへ。ところがキグレ和歌山公演の購入申込のページを見たところ、公演「期間」の記述はあるものの、その中から見たい公演「日」を指定するフォームやボタンなどがどこにも無い。一瞬とまどったが、当然このチケットは公演期間中はいつでも有効なのでしょうネ、とガッテンし、申し込みボタンをポチッと押した。
ところが、折り返し「チケット○あ」から送られて来た購入確認メールを見てビビる。そこに書かれている購入チケットの情報には「2001/11/10」と勝手に公演日が指定されとるではないの。オー・ノー!ホワーイ?日にちの指定ができるのなら別の日を選びたかったのに、これはおかしい、これはおかしい、これはおかしいでぇえ〜っ!!(←3回)
ソッコーで「チケットぴ○」に問い合わせメールを送信。改めて公演日の指定をさせてもらえるか、さもなくばキャンセルの刑じゃ〜!いったいコリャどうなっとるんじゃ〜?
2001年10月25日
かねてよりAppleから「画期的な新製品を発表する」とメールでお知らせが来ていたので、ちょこっと期待してた俺。そして今日がその発表日だったワケなのだが・・・、フタを開けてみたらその新製品「iPod」はなんのことはない、単なるMP3プレーヤーだったりなんかして(笑)。たしかに「4GBの大容量」「外付けHDDとして利用&iPodからのブート可能」「Macと接続するだけで自動でシンクロして自動でMP3ダウンロードしつつ自動充電」っていうのはすごく便利だし、デザインもすっきりしてて使いやすそうでめっちゃ魅力的ではある・・・。ではあるけれども、それだけで「画期的」ちゅうのはどうかと。Appleヤキ回ったんかと。過去ホンマに画期的な製品を何度か世に送りだして来たアンタらやから期待してもうたやんか。でもコレ高額(4万超)にもかかわらずやっぱり売れそうですな。
2001年10月24日
長野にいる甥っ子が、中学の体験学習で作った赤米(古代米)を送ってくれたので、普通の白米に混ぜて炊いてみた。炊き上がりの見た目は小豆の赤飯そっくりだが、口当たりは普段の白飯とそう変わらない。味は濃くてなかなか美味しかった。ちょっとだけ古代の味に触れることができました。ありがとうな、ジュン。
2001年10月23日
朝早くに目が覚めてTVをつけたら、ニュース番組でガンダムのプラモ「ガンプラ」が今なお人気沸騰中との話題が。なんとなくボーッと見てたんだけど、そのガンプラVTRの後、メインキャスターのパリッと決めた綺麗な女子アナさんが笑顔で言ったひと言、「私もシャアの赤い彗星を持ってました」がツボにはいってしまい、飲んでいた牛乳を毒霧噴射(←ザ・グレート・カブキ:謎)。フリーアナウンサーの原元美紀さん、素敵だー(笑)。
2001年10月17日
初めて種から芽を出して、以来大事〜に大事〜に育ててきたウチのサボテン。今朝、窓際の日当たりのイイ具合な場所にサボの鉢を移動させようとした時、その恐ろしい出来事は起こったのだった。
どうにかした拍子になぜか椅子の足につまづいてコケ、なんとよりにもよってPC「どす・ぶい子(2代目)」の上に、持っていた鉢ごとまっ逆さまに落っことしてしまったのだ!俺の可愛いサボたちは土もろともあたり一帯に派手にぶちまけられてしまった。
キャアーッ!!オー!マイ!ガーッ!!これをオー!マイ!ガーッ!!と言わずしていったい何をオー!マイ!ガーッ!!と言えば良いのかあっ(焦)!
だがノンキにオー!マイ!ガーッ!!なんて言ってる場合ではないのだ。このぶちまからった土が乾いてしまう前に、その中からちびっこいサボの芽たち(直径1mm前後)を捜し出し一刻も早く救出しなければならない。事態は急を要するのだ!俺はソッコーで虫眼鏡と土をすくうスプーンとピンセットを用意すると、2つの電気スタンドを事故現場に寄せて点灯した。それから、ぶちまからった土を少しづつすくってはそーっとほぐしつつ、その中にサボの芽がないか丹念に捜索し続けたのだった(涙)。
床に這いつくばってこうした地道な作業を続ける事1時間。「ルリ兜錦」の芽を2つ、「緋牡丹錦」の芽を3つ、だけは発見し救い出す事ができた。が、事故前の時点でもともと元気だったのは「ルリ兜錦」の芽が2つ、「緋牡丹錦」の芽が8つ、「黄緋牡丹錦」の芽が2つ、の計12。そのうちの5つしか助けることができなかったのだ・・・。俺の不注意のせいで・・・。とおちゃんを許しておくれよぉーんおんおんおん(号泣)。
内部に土が入っちゃったかもしれないパソコンも無事に作動しています。今のところは・・・。
2001年10月14日
TBS「さんまのからくりTV」。いろいろな面白VTRを紹介した後その内容についてのクイズが出題され、解答者と視聴者には伏せたままスタジオ観覧席にだけ答えを発表して、それを見たスタジオ観覧者が「ほぉ〜」なんてリアクションする表情が映る・・・という場面で、そのスタジオ観覧席の中に親友の姿を発見!真ん中前列にドカンと映ってた!なんか新鮮で嬉しい!
2001年10月13日
今年もタカナシくんの誘いで、名古屋は大須で行われる「大道町人祭」見物ツアーに出かける。年に1回、全国から腕におぼえの大道芸人たちが大須の商店街に集うお祭りだ。ツアーのメンツは首謀者タカナシに俺とドゲどーん、イーダ、フジーも加わった5人組。
(去年の「大道町人祭」見物ツアーの様子を知りたい、って人は2000年10月14日のカクレガ日記を参照してね)
さて、お昼に大須の町に着くと、商店街はすでにすごい人込みで、昨年の2倍は賑わっている感じ。あちらこちらに出来ている、パフォーマンスを見せる芸人さんを取り囲む人垣もかなり厚くて、寸詰まりな俺なんて前の人たちの背中越しに爪先立ちで覗くのがやっとだったりして、大道芸を見るのもひと苦労だ。でもパンフ片手に常連の芸人さんたちの芸をハシゴしつつ、アーケード街をつらつらと歩くのがとても楽しい。この日も、クラウン、ジャグリング、パントマイム、アクロバット、マジックなどなど、素晴らしいパフォーマーがいっぱいいて、その見事な芸を数多く満喫することが出来ました。また、たくさんの露店で賑わいライトアップされた夜の大須観音も美しくて趣きたっぷり。ホントに楽しい1日を過ごしました。その晩は5人(笑!)でアイヅくんの部屋にドヤドヤと転がり込んで1泊。ゴメンね、アイヅ。(←デジャヴ)
・・・というワケで、愛機「QV-10」と、一部「写るンです」で撮った写真をナイショで見る。
2001年10月11日
今年のノーベル賞。化学賞は名古屋大の野依良治教授が受賞した。人工的に有機化合物を作る時、毒性があったり無用だったりする構造の分子を避け、有益な物質だけを選り分けて合成する方法を開発した事が評価されたそうだ。この野依教授の研究の成功によって、パーキンソン病の治療薬など多くの医薬品や化学物質を合成する事が出来るようになったらしい。メチャ偉。エラ偉。
2001年10月9日
サボテン情報〜(暗)。「兜」の芽が2つとも枯れてしまった。ここ数日、色が透き通った感じに変わってきてて、なんか調子悪そうだな〜と思っていたが、ついに力尽きてしまった。悲しい〜・・・。
2001年10月8日
しばらくぶりの親友と遊んだ。天王寺公園内にある日本庭園の芝生の上で合気道のお手合わせ。ていうか俺はほとんど練習台で逆関節極められまくり。でもめっちゃ面白かったっす。だがいいか、今度はお前を倒す(笑)!
夜は「K-1 WORLD GP 2001 in 福岡」ビデオ観戦。この大会はK-1グランプリの敗者復活トーナメント。年末のグランプリ出場選手を決める各大会で次々に上位の常連が破れ去ったため意外な豪華メンバーが名を連ね、さながら「裏K-1グランプリ」ともいうべき注目の大会となった。ただピーター・アーツが負傷欠場、またクロアチアの現職警察官でしかもテロ対策部隊に所属のミルコ・クロコップが緊迫する世界情勢のため来日できず。優勝候補バリバリのこの2人が消えたのはちょっと残念。
今日の俺の注目はやっぱりフランシスコ・フィリオ。ラスベガスでは疑惑の判定で予選落ちの憂き目にあったが、今回はその雪辱を晴らすべく勝つ事にこだわった堅実でアグレッシブな戦い方を見せ、セルゲイ・イバノビッチ、ロイド・ヴァン・ダムという難敵2人を苦しみながらも連破して、見事決勝トーナメントへの切符を手に入れた。俺がK-1の試合で楽しみにしているポイントが、このルール内で空手家がいかにしてキックボクサーを倒すか?倒せるのか?という点。その意味でも極真の世界王者フィリオには絶対がんばってもらいたい!と思っとります。フゥーンッ。(←鼻息)
さて、いっぽうで意外な番狂わせに驚かされたのも今大会。あの「ベルちゃん」こと豪腕マイク・ベルナルドがなんと1回戦1ラウンドKOで敗退してしまったのだ。アダム・ワットの絶妙のカウンターフックをアゴに決められてダウンを喫すると、平常心を失ったのかダメージが回復しないままバタバタと打ち合いに応じ、連打を浴びてマットに沈んでしまった。うう、無念・・・。
そしてこの日、最も場内を沸かせた試合はマーク・ハント vs レイ・セフォーの1戦。開始のゴングが鳴るや否やいきなり、スピードのセフォー対パワーのハントの壮絶なドツキ合いがおっ始まり、やがてノーガードでお互いの顔面をガッツンガッツンとシバき合う尋常でない展開に。なんでこの2人はこれでダウンしないのかと不思議でならないくらい。しまいにはどちらかが重大な大怪我を負うのではないかと怖くなる危険試合だ。結局、両者ともダウンを奪う事はできず、持ち前のテクニックを活かし手数で上回ったセフォーが、判定で僅差の勝利をもぎ取った。だが、勝ったはずのセフォーの顔面はデコボコに、負けたはずのハントはあれほど強烈なパンチを無数に喰らったにも関わらずまったく無傷に見える・・・。果たして、試合後セフォーは著しい視力の低下を訴えてトーナメントをリタイア。網膜剥離、眼窩底骨折の疑いもあるということらしかった。これで再び敗者復活したマーク・ハントが2回戦でも、ベルナルドを破った試合巧者アダム・ワットを力でねじ伏せて決勝トーナメント進出を決めた。モノ凄いぞ、マーク・ハント!ハントとレ・バンナの怪獣対決の実現が今から待ち遠しい!
米大リーグ、マリナーズのイチロー選手がア・リーグの首位打者(打率3.5.0)と盗塁王(56盗塁)をダブル獲得!そのうえ、シーズン安打数242は大リーグ歴代9位、安打試合数135は歴代1位タイ記録なんだそうだ。ほんっとに、ムチャクチャ凄い!!
2001年10月7日
米・英軍がアフガンへの空爆を開始。罪の無い犠牲者が1人でも少ない事を心から祈る。
2001年10月6日
政府が国会に提出したテロ対策特措法案の正式名称は『平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案』なんだそうである(呆)。2回出てくる「・・・等」ってトコが曲者だ。それにしてもこの長さ。だいたい人をケムにまこうとすると口上は長くなるモンなんだよなあ。
2001年10月5日
プロ野球、近鉄バファローズのローズ選手の本塁打は55本(日本タイ記録)でストップ。今日の対戦相手オリックスの投手は真っ向勝負にきてたんだけど、大記録を意識して力が入り過ぎたか。う〜ん惜しかった・・・。でも、がんばった!スゴいぞ!
今にして思えば、先日のダイエー戦で王監督がローズ選手に対して勝負に来なかったって事が、いろんな意味でホント残念だよ・・・。
それから、この「オリックス×近鉄」戦を最後にユニフォームを脱ぐオリックスの仰木監督。7 - 1の勝利で有終の美を飾り、オリックスの選手たちの胴上げを受けた後、かつて監督を務めた近鉄の選手たちからも胴上げされていた。選手たちの気持ちから自然発生的に起こった素晴らしい場面に胸が熱くなった。監督の勇退ってのは、大げさに仕組まれたセレモニーなんかより、こういうのがカッコイイよ。ね?読売さん!
2001年9月30日
ウチのサボテン続々発芽!ちびっこくて分かりにくいが「緋牡丹錦」「黄緋牡丹錦」の丸っこい芽もポチポチと現れた(喜)。「白ランポー」だけは未だ発芽せず。「兜」「ルリ兜錦」はスクスク伸びて、大きいのは1cmくらいにまで到達。育つの速ぇ〜。<愛機「QV-10」で撮った写真を見るサボ>
第28回ベルリンマラソン。高橋尚子選手が2時間19分46秒の世界最高記録で堂々の優勝。レース後のインタビューでもニコニコ顔でいつもの通り、おごらず周囲にもキチンと気を配る100点満点の優等生な受け答え。まさに子供のお手本にしたい人ナンバーワンな感じであり、まるで教科書の世界(←そんな世界あるのか知らんが)から抜け出て来たようなこのヒトの「素(す)」はいったいドコにあるのか?それにしても、こんな強靱な精神力を持った人間、ちょっと見た事ないよ・・・(怖)。文句をつけるとすればガムのTVCMで見せているヘンテコリンな踊りくらいだ!とはいえあれはまったくヘンテコリンだが!小出監督とのイチャイチャ度は今回はかなり控え目(笑)だった。
プロ野球、巨人の長嶋監督が退任。今季限りで引退する槙原、斎藤の両投手や村田捕手の引退セレモニー、というよりも、事実上明らかに長嶋監督退任のためのセレモニーが行われた。先日の記者会見が効いて東京ドームは超満員。今日は「3番サード長嶋」の現役引退なのかと錯覚するほどだった。
2001年9月29日
アメリカ村「BIGCAT」にて、ヨシロー大大大ファンな「吾妻光良とスウィンギン・バッパーズ」のライブ。大所帯のフルバンドな上、ジャンプ・ブルースの第一人者・吾妻さんは平日は多忙なテレビ局のわりとエラい人なので、大阪へは1年1回のお目見え。関西のファンにとっては「見逃すとまた来年」という貴重なイベントなのだ。当然俺も気合い入りまくりでイソイソとお出かけなのだ。
開演ギリギリにアメ村に到着。会場にはいると、フロアにはテーブル席がずらっと並べられている。・・・う〜ん、チケットの売れ行きはイマイチなのか・・・(苦)。250〜300程の座席には空きは無いが、キャパのそこそこでかいハコなのでちょっとスカスカ(涙)。とりあえず壁際に立ち、クアーズをラッパ飲みしながら前座の若手ロカビリーバンド(アガってました)をやり過ごす。
幕の裏から漏れ聞こえる管楽器隊のチューニングの音が止み、やがてゆっくりと幕が開いた。さりげな〜くステージに現れる御大、吾妻光良の飄々とした物腰。会場からはすでに笑いと口笛が飛ぶ。あいかわらず小型怪獣みたいな迫力ある体型、そしてあの髪型だ(笑)。「髪の毛伸びたなー」の野次に涼しい頭、いや涼しい顔で応えた「本数は増えませんが」との返しに喝采が巻き起こる。そして始まるいつものオープニング・テーマ曲。あ〜、カッコイイ!続けての曲は名曲「やっぱり肉を食おう」。狂牛病騒ぎのこの時期このタイミングにこの選曲はスゴい!早くもやんやの大喝采で場内ヒートアップ。
「中華ベイビー」「道徳ホップ」そして俺の大好きな「嫁の里帰り」(嬉)・・・。次々に演奏されていくジャンプ&ジャイブ、スウィング、マンボのオンパレード。頼む!テーブルをどけてくれ!俺に踊らせろー(発狂)!今回のライブでは新曲や、普段あんまりやらない曲もバンバンやってくれました。そしてラストは泣かせるブルース・ナンバー「秋葉原」。心地良いスウィングにどっぷり身を浸し、ふと気がつくと時刻は10時。たっぷり2時間を越える素っ晴らしいライブでした。もーこんなステキなバンド他には無いので、みなさん1度だまされたと思って聴いてみて。そして特に関西のみんな「スウィンギン・バッパーズ」のライブに行こうぜ〜。
さてその後、興奮さめやらぬ俺はホロ酔い気分のまま、誰かとこのライブの話とかしたい〜、と思い、西心斎橋にある友人のお店までルンルン(死語)歩いていった。ところが店に着くと表に「本日は休業」の貼り紙が。だがシャッターは半開きで店内からなにやら話し声が聞こえている。どうしようかな〜、と思ったが、お邪魔ムシになったり修羅場に出くわしたりしないでもなさそうだったので、そーっと後ろ歩きをして(←それはウソ)もと来た道を帰りました(涙)。また今度遊びに行こうっと。
2001年9月28日
NHK総合テレビで始まったドラマ「山田風太郎からくり事件帖」が面白い。
プロ野球、巨人の長嶋監督が辞任会見。本拠地での今季最終戦となる30日東京ドームでの勇退セレモニー開催を発表した。球界は早くも大スター長嶋茂雄を惜しむ声で持ちきりである。日本が誇る「ミスター」の絶対的魅力、功績を思えばこの騒ぎもまあ無理はなかろう。かく言う俺も小さい頃は華麗な長嶋選手のプレーに憧れたりしたもんだった(年齢がわかりますな)。・・・駄菓子菓子。それにしたってなんだかココロに引っかかるモノがありゃ〜しませんか。
ここ数年「巨人が歩いた後にゃ雑草も生えねえ」式の他チーム主力選手引き抜きによるチーム作りを続けてついに完成させた「オールスターの『全セ』より『巨人単体』のほうが豪華メンバーじゃん」的な今年の超強力チームをもってしてなお優勝できなかった責任問題はいったいどこに消えてしまったのだろう?優勝がほぼ絶望となるやいなやのこの会見で、巨人ファンの興味のホコ先を監督の責任問題から集客力抜群なイベントへとすり替えてしまおうというのだろうか。さらに会見の席上、ナベツネ氏が長嶋氏を「終身名誉監督」に任命する始末。それじゃ原新監督の立場も無いでしょうに。なんだか俺には原さんがドラゴン藤波社長、長嶋さんが猪木さんにそれぞれダブって見えたりして(謎笑)。「長嶋なら何をしても許されるのか!(←前田日明のマネ・謎)」。思えば原さん、高校野球で甲子園のアイドルだった東海大付属相模高校時代から実の父が監督で、東海大に進学したらその実父監督まで原選手に付いて大学野球部の監督に持ちあがったり(!)してました。う〜ん、育ちが良いっちゅうのかなんちゅうのか・・・。
会見の席上、長嶋氏の向かって左に渡辺オーナー、右に後任の原辰徳新監督と3人並んで席についたさまはさながら「過保護の二重入れ子構造」とも言えましょうか(毒舌)。それでいいのか巨人!?
2001年9月27日
ウチのサボテン発芽ニュース。「ルリ兜錦」に続き「兜」の芽も出たぞー(嬉)。
2001年9月26日
プロ野球パ・リーグ。近鉄×オリックスの試合はまさに球史に残る奇跡的な大逆転劇となった。4-2とオリックスのリードで迎えた9回、さらにダメ押しとも思える本塁打が出て1点が追加され5-2。だが今季の「いてまえ打線」は勝負をあきらめなかった。その裏の攻撃、吉岡選手が左前安打で口火を切ると川口選手が右翼線二塁打、代打の益田選手が四球で無死満塁のチャンスを作る。ここで代打に、先日の大逆転劇の口火を切る代打本塁打を放った北川博敏選手の名がコールされた。観客の誰もが「ここでまたホームランが出たら・・・」と思った事だろう。「しかしなあ。そんなアホな」と・・・。しかしカウント2-1からの4球目。北川選手の打球は夢の代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランとなって左中間席上段に突き刺り、この瞬間、近鉄バファローズの今季リーグ優勝が決まった。「劇的」なんてよく言うけど、そんなありきたりな言葉を上回ってしまったこんな試合をいったいなんて表現したら良いのだろう!マンガ以外でこんなの初めて見た!マジに鳥肌が立ったっす!
近鉄バファローズ、優勝おめでとう!そして感動をありがとう(臭)!なんかこの勢いで悲願の日本一をも達成してしまいそうな感じだぜ!それから連日の神憑かり的活躍を見せてくれた北川選手、近鉄に移籍してホントに良かったね!これで野村阪神を見返してやったよな(笑)!
さーあ優勝セールだ、優勝セールだ!!(←応援の動機は不純・笑)
2001年9月25日
ウチのサボテンがついに初の発芽!ハツハツガ!「兜」「ルリ兜錦」「白ランポー」「緋牡丹錦」「黄緋牡丹錦」の5種の種を蒔いたうち、「ルリ兜錦」の芽が1つ、ピョコッと顔を出しました。このぶんなら他の芽も次々発芽するでしょうな!興奮ですな!
・・・というワケで、<愛機「QV-10」で撮った発芽写真を見るサボよ>
2001年9月24日
プロ野球パ・リーグ。近鉄バファローズが劇的な逆転でエース松坂投手をたてた西武を破り、優勝へのマジックを「1」とした。2点リードされた9回裏、先頭に出た北川選手が代打ホームランを放ち1点差、なおも2死1塁から、おなじみの「うどん人」中村ノリ選手が今季45号となる逆転2ランを右翼席に叩き込んでの劇的なサヨナラ勝ちだ。まさに「いてまえ打線」。
またこの試合では、タフィ・ローズ外野手が今季55本目の本塁打をかっ飛ばした。これで王貞治選手(巨人)の持つ年間本塁打数の記録に並んだ。やったぜ!
2001年9月22日
日テレ「ナイナイサイズ」。ナインティナインの岡村くんの合気道道場への一日入門のVTRを放送してたんだけど、その中に友人が映ってた。やったな!テレビデビューっ(笑)!
2001年9月20日
パキスタンで発掘調査中だった研究グループが、クジラの祖先となる動物の化石を発見したらしい。発表によるとコレ、クジラが、牛やカバに近い動物(偶蹄目)から水中生活に適応して進化した事を裏付けるモノで、後ろ脚の足首の部分が偶蹄目に特有の形をしているんだそう。・・・牛やカバだったのか〜・・・。
米大リーグ、シアトルマリナーズが地区優勝。今年はイチロー、佐々木の日本人選手の活躍も大きかったよね。
2001年9月18日
今まで長〜く愛用してたメガネが、ひょんな事で壊れてしまったので新しいのを買いに行った。で、ネガネ店をいろいろ見て回ったのだが、流行りなのか、意地悪っぽい細目&つり目ふうなデザインのメガネばっかり。前のと同じような「いっかにもメガネ」って感じの黒い大ぶりのセルフレームのが欲しくてさんざん探したがなかなか見つからない。そのうえメガネ店の店員って、なんだかどこも不親切だ。うぬっ、俺の身なりがボロっちいから足もと見てやがるのかっ(半怒)?
疲れてきたので、もう諦めて妥協し、俺も今ふう意地悪ふうなメガネにしてイメチェンをはかるか〜・・・(涙)、とか思いかけた頃、最後に立ち寄ったなんば「ビックカメラ」のメガネ売り場でやっとイメージに近いのを発見できた。そこは新しい店のせいか、ボロっちい俺にも店員の対応はとても親切丁寧。いや〜メガネ買うならカメラ屋やね(笑)!
2001年9月15日
「サボテンを種から育てる」。かつて俺は2度このミッションに挑戦し、その2度とも種子から顔を出すはずの芽のたった1つにすらお目にかかることなく失敗したという忌まわしい過去を持つ・・・。そして今日。俺は真新しいミニ・プランターに土を敷き、「三度目の正直」という力強い言葉を胸に、三たび敢然とサボテンの種を蒔いたのだった。過ぎ去りし日の数々の屈辱的な失敗を顧みて、考え得るすべての失敗要因は排除したはずだ。今度こそ大丈夫。きっと、間違いなく大丈夫だ・・・。
・・・いっいかん!「二度あることは三度ある」なんて悪魔の呪文を思い浮かべてはダメだ!しっかりしろ、ヨシロー!自信を持つのだ・・・っ!!
「どうする?どうなる?ウチのサボ!」♪パーパー、パーパラッパー♪(←「朝まで生テレビ」風)
そしてそんな俺にいつも辛抱強くサボの種を提供してくれる星菓さんへ届け熱烈謝謝!!
2001年9月14日
米国で起こった同時多発テロについて考える。黙して耐えればあの一瞬にして数千人の命を奪った悪魔のようなテロリスト達の暴挙に屈したことになってしまい、いっぽう犯行グループを撃滅すべく報復の軍事行動を起こせば一般の民衆を巻き込んでさらなる怨恨を生むことは必至だ。どちらの行動をとっても結局、世界規模に拡がるテロ事件の増加を止める事はできないのではないかとそんな暗い気分に包まれてしまう。ある特定の人々が過激な思想に走り、テロリストにまで成り果てるその動機や要因は何なのか。俺たちは注意深く公平な目で歴史を紐解くべきだろう。そしてそうした歴史に根ざす過去の遺恨をも浄化できるような、もっと根本的な解決方法を探らなければならないと思う。
今後、同様のテロが再び起こらぬ事、人種や宗教への誤解と偏見による差別・迫害が起こらぬ事、報復攻撃による戦闘などで多くの死傷者が出ない事を心から祈っている。
2001年9月12日
昨日起こったテロについて、いろいろと思いがめぐり考えがまとまらない。あの事件を発端として起こる最悪のシナリオ(考えたくもないが)が頭から離れず、無力感に取り憑かれて1日じゅう何も手につかなかった。
2001年9月11日
ニューヨークの世界貿易センタービルが、史上最悪のテロによって2棟とも完全に破壊された。
俺はいつもの火曜日の夜と同じにNHKの「プロジェクトX」を見ていた。番組が終わり、次にニュースが始まるといきなり世界貿易センターに航空機が衝突したとの情報が飛び込んで来た。あわただしく画面が衛星中継に切り替わり、ツインタワーの片方のビルがもうもうとおびただしい黒煙を吹き上げている様が映し出される。これは大変な事故が起きたな・・・、と思ったその瞬間、信じられない事が起こった。中継画面にスーッともう1機の飛行機が現れたかと思うと、残るもう1棟のビルの中程に突っ込んだのだ!たちまち大爆発が巻き起こった。外壁とガラスは砕け飛び散り、真っ赤な炎が噴き出す。一瞬、先ほどの事故のVTRのプレイバックかと思った。が、違う。もう一方のビルからも黒煙はあがっている。隣接する2棟の超高層ビルに相次いで2機の飛行機が衝突するなんて、そんな偶然はあり得ない。これは事故じゃない。どう考えたってこれは攻撃だ・・・。
2機めの突入場面がスローで何度も再生されるのを見ているうち、俺はこのビルの巨大さに改めて気がついた。ビルとの比較から突入した飛行機の巨大さにも。その航空機はどう見ても大型旅客機だった。それを思うと本当に身の毛がよだった。次第に事件についての情報が明らかになる。やはりこれはテロだ。それも、旅客機をハイジャックし罪もない大勢の乗客を道連れにして、何千人という人が働く超高層ビルに突入するという悪魔のような自爆テロだ。それから数時間の間、俺は呆然と口を開き、ほとんど姿勢を変える事もできないまま、この信じ難い悪夢のような映像をただ見続けるしかなかった。避難路を絶たれ炎と煙にあおられて窓から身を乗り出し助けを呼ぶ人、耐えきれず宙に身を投げ出す人の姿が小さい点のように映し出される。思わず目をそむけずにはいられない・・・。
ショックに追い討ちをかけるように、米国防総省ペンタゴンにも同様の旅客機突入があったとの続報が届く。世界最強を誇っているはずの米軍、その中枢・ペンタゴンが、こうもやすやすとテロリストの攻撃を許してしまうものだったとは。そのうえ現在ハイジャックされて飛行中の旅客機がそれ以外にも何機かあるという恐ろしい情報までが報道された。
やがて貿易センターの一方のビルが、数十分後にはもう一方のビルがおもむろに、次々と崩落した。おそらく何千人という人を飲み込んだまま、ついさっきまで天空を脅かすほどにそそり立っていた巨大な塔が、積み木を崩すみたいにあっけなく、なんにも無くなってしまった。アナウンサーが絞り出すように言った「これは現実の映像です」という言葉が虚ろに聞こえるほど、自分の今見ている事が信じられなかった・・・。
2001年9月10日
とうとう日本国内で「狂牛病」の疑いが濃い乳牛が発見された。欧州の爆発的感染の例から、その経路は飼料に配合された「肉骨粉」だという事がはっきりして以来、島国日本には数年間にわたる時間的猶予があったにも関わらず、海外産肉骨粉の輸入を制限するなどの措置が現在までまったく取られていないと聞いて愕然。事あるごとに論じられる日本の危機管理だが、その能力がここまでオソマツなものだったとは(怒)。いったいこれからどうなっていくのか・・・。
2001年9月7日
新型「AIBO(『ラッテ』&『マカロン』)」をSONYが発表。今までのロボロボメカメカしたデザインから一転して、今度のは犬みたいなクマみたいなマンガチックかつファンシー系な風貌。確かにカワイイっちゃカワイイが、う〜ん、これはどうなんだろうか・・・(難)。関係ないけどコレ、頭にちょんまげ風の突起まであって「日光江戸村」のキャラクター「ニャンまげ」に酷似!と思ったのは俺だけではあるまい。♪ニャンまげ〜に飛〜びつっこうっ(ドンドン)♪
2001年9月6日
ケニアとアメリカの研究チームが、今まで1つの「種」だと思われていた「アフリカ象」が、DNA解析の結果じつは「森林に棲む種」と「草原に棲む種」の2種だった、という事を解明。象みたいなメジャーな(?)動物でも、まだまだこんな発見があるんだねえ・・・。
2001年9月5日
大阪、四天王寺を中心に展開されるお祭り「四天王寺ワッソ」が今年、中止されることが決まったそうだ。開催資金を支えていた関西興銀が昨年経営破綻し、運営費のメドが立たなくなったためらしい。「ワッソ」とは朝鮮語で「来たぞ」の意味で、「ワッショイ」の語源であるといわれる。聖徳太子の時代に国際交流の要だった四天王寺にちなんだこの祭りは、数千人にのぼる出演者が歴史上の人物などに扮し、パレードで古代日本と朝鮮半島各国の交流のようすを再現する一大時代絵巻だった。期間中の四天王寺の境内は珍しい露店や屋台が軒を並べ、古代人やアジア各国からの渡来人が闊歩していて、ちょっとしたタイムスリップ感覚を味わえたりするので、俺も毎年楽しみにしていたんだけどなあ・・・(悲)。
2001年9月4日
「Hewlett-Packard」が「COMPAQ」を買収。PCメーカーとして世界第3位の会社が世界第2位の会社を買収した形だ。これによって現在1位の「DELL」を抜いて新たな超巨大企業が誕生する。でもこの2社、お互いの足りない点を補い合うというよりは、商品や事業のかなりの部分でネタがかぶってしまっているような・・・。大丈夫かいな(巨大なお世話)?
2001年9月3日
朝から頭痛と吐き気がひどくてダウン。ちょっと疲れがたまってるのかも。とりあえずおとなしくして1日じゅう寝てた。
2001年9月1日
すごーく狙ってたデジタルコンテンツのオーディション、連日完テツの怒涛の追い込みも時すでに遅しで締め切りに間に合わず。ぐわーっ、一生の不覚!!失意のあまりフテ寝。・・・まあ、落ち込んでてもしょうがない。この作品、作り直せばどっか別のコンテストにでも応募できるな、きっと。ウンウン(泣)。
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